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勝ち負けを競うことも楽しもう。でも、勝った、負けたには執着しない

先日のスクールでのゲーム中、こんなことがありました。

2点差がついたら、僕が負けているチームに入るというルールでした。

2点差がついたので、負けているチームに入って、「さあ、点を取ろう。同点に追いつこう。」と声をかけました。

そうすると、「勝ち負けは関係ないんだよね。楽しめばいいんでしょ。」と返ってきたので、「いやいや、勝った負けたは関係ないんだよ。」

禅問答のような会話をしてみました。

その子は、そんなことを言いながらも、一生懸命に点をとりに行ったり守ったりする子なので、それ以上は言いませんでした。

【勝ち負けを競うと勝った・負けた】

サッカーや多くのスポーツは勝ち負けを競います。サッカーの場合は、1点でも多くゴールした方が勝ちという単純なルールです。

だから、勝ち負けを競う楽しさや、ゴールをする楽しさ、ゴールを守る楽しさがあります。

(僕みたいにゲーム中にトラップの回転がいいとか、糸を引くようなキックができたとかに楽しさを感じるオタクも中にはいますが。笑)

つまり、勝ち負けを競うことは、サッカーを楽しむ要素の大きな一つです。

しかし、勝った負けたは結果です。よく言いますよね。結果は後からついてくる。

勝ち負けを競うことと、勝った負けたは、違うものなのではないかと僕は考えています。

【過程にこそ楽しさがある】

結果には必ず過程があります。

この過程にこそ楽しさがあると僕は思っています。

勝ち負けを競うというのはわかりやすい過程だと思います。

この試合に勝つために何をするのか、ゴールをするために何ができるのか、何をすればゴールを守れるのか。工夫したり、努力したり、その過程を楽しめるとさらにサッカーは面白くなると思います。

サッカーは自由の多いスポーツです。工夫の余地がたくさんあります。

子どもたちのアイデアや柔軟性を思う存分発揮してこの過程を楽しめばいいのではないかと思います。

【結果は次の楽しみのためにある】

結果は必ず出ます。勝った。負けた。その時の感情は、喜びや悔しさ。その大きさは、その過程によって変わります。

勝つために工夫や努力をたくさんすれば勝った時の喜びは大きくなります。

工夫や努力をたくさんしたのに負けた時は悔しさが大きくなります。

この感情は次の楽しさのためにあると僕は思っています。

勝ったから嬉しいではなく、負けたから悔しいではなく、勝つための工夫や努力をたくさんして勝ったから嬉しい、工夫や努力をたくさんしたのに負けたから悔しいのだと思います。

結果を大きく捉えがちですが、結果は次のためにあるものだと思います。

次も勝つためにどうするか、次は勝つためにどうするか。そのための工夫や努力を楽しむためにあるのだと思います。

【まずはやってみる】

こうやって書いてみましたが、過程も結果もやってみないと始まりません。

何はともあれ、まずボールを蹴ってみる。楽しい。「あれ、まっすぐ蹴れないぞ。」

そのうち、「あ、まっすぐ蹴るにはこうすればいいのか」がわかります。

この間にはたくさんの失敗と試行錯誤があります。これが楽しめたならしめたものです。

なぜなら、これの繰り返しだからです。繰り返しのレベルが上がっていくだけです。

結果にこだわりすぎるとこれができなくなります。失敗するのが嫌になるからです。

工夫や努力を楽しむこと。これに尽きると僕は思います。

11月も子どもたちに負けないくらいサッカーを楽しむために、工夫や努力をしていきたいと思います。そして、その工夫や努力することも楽しんでいきたいと思います。